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武将記事

【北条氏政】後北条氏第4代当主 ― 「暗愚」評価を覆す関東最大版図の達成者

「二度汁かけ」「小田原評定」で江戸期以来「暗愚」と評されてきた後北条氏第4代当主・北条氏政の生涯を諸説で解説。実は後北条氏の領国版図が最大に達したのは氏政の時代であり、近年は名君として再評価が進む。武田信玄・上杉謙信ら強敵と渡り合い、最後は秀吉の小田原征伐で切腹した波乱の生涯を多角的に紹介します。
武将記事

【北条氏康】「相模の獅子」関東の覇者 ― 河越夜戦と所領役帳、戦国最高の名君

10倍の敵を撃破した河越夜戦で知られる後北条氏第3代当主・北条氏康の生涯を諸説で解説。「相模の獅子」と呼ばれた武勇と、戦国最先進の所領役帳・公事赦免令による民政の両面を持つ稀有な戦国大名。武田信玄・上杉謙信・今川義元と並ぶ戦国屈指の名将の実像を、近年研究を踏まえて多角的に紹介します。
武将記事

【直江兼続】「愛」の前立てを掲げた義の智将 ― 直江状から長谷堂城撤退戦まで

「愛」の前立て兜で広く知られる直江兼続の生涯を諸説で解説。豊臣秀吉に「天下の政治を任せられる一人」と絶賛され、豊臣姓を下賜された智将。直江状による徳川家康激怒、慶長出羽合戦の名撤退戦、米沢30万石への減封と藩の基盤整備、国宝級蔵書収集まで、近年研究を踏まえて多角的に紹介します。
武将記事

【最上義光】出羽の謀将にして「北の家康」 ― 駒姫の悲劇と長谷堂城の死闘

慶長出羽合戦(北の関ヶ原)で直江兼続の上杉軍を寡兵で撃退した最上義光の生涯を諸説で解説。伊達政宗の伯父、駒姫の父、徳川家康に「北の家康」と称賛された名将。「鮭様」と慕われた愛情深い人物像、駒姫処刑の悲劇、長谷堂城の死闘、最上騒動による改易まで多角的に紹介します。
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毛利元就 安芸の国人から中国地方の覇者へ ― 「謀神」と称された戦国最高の知将

「三本の矢」の逸話と厳島の戦いで知られる毛利元就の生涯を諸説で解説。安芸の一国人領主から中国地方6か国の覇者へ、大内・尼子の二強の狭間で生き抜き「毛利両川」体制を構築。「謀神」イメージの再検討、相合元綱粛清の真相、三本の矢の真偽など、近年研究を踏まえた多角的紹介。
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黒田官兵衛 秀吉の天下統一を支えた稀代の知将 ― 有岡城幽閉から九州天下取りまで

豊臣秀吉の参謀として中国攻めから九州攻めまで天下統一を支えた稀代の知将・黒田官兵衛の生涯を諸説で解説。有岡城幽閉、備中高松城水攻め、中国大返し、関ヶ原時の九州天下取り構想、キリシタン信仰など、近年研究を踏まえた多角的紹介。築城の名手・福岡藩の祖としての側面も。
武将記事

羽柴秀長 豊臣政権の宰相にして大和大納言 ― 秀吉天下統一の影の立役者

「秀長がいれば豊臣の天下は続いた」と評される豊臣秀吉の異父弟・羽柴秀長の生涯を諸説で解説。中国攻めから始まり四国攻め総大将、九州攻め日向口総大将を歴任、大和100万石の大和大納言として豊臣政権の実質的No.2を務めた人物。1591年の早世が豊臣政権崩壊の起点となった経緯まで多角的に紹介。
武将記事

松永久秀 戦国の梟雄か、誇張された冤罪か ― 大和の覇者・築城の革新者の真実

「主君殺し・将軍殺し・大仏殿焼き」の三悪で梟雄として知られる松永久秀の生涯を諸説で解説。三好長慶の右筆から大和の覇者へ、多聞山城・信貴山城の築城技術、永禄の変の関与、平蜘蛛茶釜と信貴山城自害の真相まで、近年の研究による「冤罪説」も含めて多角的に紹介します。
武将記事

足利義昭 信長に追放された室町幕府最後の将軍 ― 諦めなかった御内書外交と鞆幕府の20年

室町幕府第15代(最後の)将軍・足利義昭の生涯を諸説で解説。兄義輝の暗殺、信長による上洛と将軍就任、殿中御掟・異見十七ヶ条による対立、信長包囲網、槇島城の戦い、鞆幕府の樹立まで網羅。本能寺の変黒幕説や「室町幕府はいつ滅亡したか」論争も多角的に紹介します。
合戦記事

大坂の陣 家康が豊臣を滅ぼした戦国最後の大合戦 ― 真田幸村の最期と260年の泰平の始まり

戦国時代の幕を閉じた大坂の陣(1614-1615年)。家康と豊臣秀頼の最終決戦、真田幸村の家康本陣突撃、秀頼薩摩落ち延び説など6つの諸説で読み解きます。豊臣家滅亡と260年の徳川泰平の始まり、そして「日本一の兵」と称された真田信繁の最期。