出雲

武将記事

尼子経久 ― 出雲尼子氏中興の祖「謀聖」はなぜ月山富田城を奪還できたのか?諸説と生涯

尼子経久(1458〜1541)の生涯を一次史料・編纂史料から整理。出雲守護代家から戦国大名へ脱皮した「謀聖」の84年。1486年元旦の月山富田城奪還(鉢屋衆の万歳楽の舞)、11カ国の太守、嫡男政久の戦死、塩冶興久の乱、孫・晴久の吉田郡山城大敗を見届けて没した晩年など、6つの諸説で検証。
合戦記事

月山富田城の戦い ― 大内と毛利、なぜ同じ城で結果が分かれたのか?第一次・第二次の諸説

月山富田城の戦い(第一次1542〜43、第二次1565〜66)の経緯を一次史料・編纂史料から整理。大内義隆の力攻め失敗と毛利元就の兵糧攻め成功、なぜ同じ城で結果が分かれたか。国人衆寝返り、晴持遭難死、宇山久兼粛清、山中鹿介再興運動など6つの諸説を検証。
武将記事

毛利元就 安芸の国人から中国地方の覇者へ ― 「謀神」と称された戦国最高の知将

「三本の矢」の逸話と厳島の戦いで知られる毛利元就の生涯を諸説で解説。安芸の一国人領主から中国地方6か国の覇者へ、大内・尼子の二強の狭間で生き抜き「毛利両川」体制を構築。「謀神」イメージの再検討、相合元綱粛清の真相、三本の矢の真偽など、近年研究を踏まえた多角的紹介。
武将記事

山中鹿介 ― 「七難八苦を与えたまえ」、尼子再興に捧げた不屈の忠義

山中鹿介 「七難八苦を与えたまえ」の祈りで知られる不屈の忠臣。尼子家再興に生涯を捧げ、上月城で散った山中鹿介の忠義と悲劇を定説・諸説・戦略の3視点で徹底分析します。