1600年

合戦記事

上田合戦(1585・1600年)真田vs徳川、二度の籠城戦と秀忠遅参の真相

真田昌幸が二度にわたって徳川の大軍を撃退した上田合戦。第一次(1585年)は徳川7,000vs真田2,000、第二次(1600年)は徳川秀忠38,000vs真田2,500の戦い。秀忠遅参の真相、犬伏の別れの動機、上田城縄張りの秘密など6つの諸説で詳説します。
武将記事

大谷吉継 ― 義に殉じた白頭巾の智将、関ヶ原で散った友情の武将

大谷吉継(OotaniYositugu)豊臣秀吉の小姓から敦賀5万石の領主へと出世した大谷吉継。業病に侵されながらも関ヶ原の戦いで親友・石田三成のために立ち上がった義の武将。ハンセン病諸説や茶会の逸話、小早川秀秋の裏切りと最期まで、6つの諸説で多角的に解説します。
合戦記事

関ヶ原の戦い(1600年) ― 天下分け目の決戦が260年の太平を生んだ

関ヶ原の戦い1600年、天下分け目の決戦・関ヶ原の戦い。小早川秀秋の裏切りはいつ決まっていたのか?わずか6時間の合戦を定説・諸説・戦略の3視点で徹底分析します。
武将記事

石田三成 ― 豊臣政権を支えた頭脳、関ヶ原に散った忠義の吏僚

石田三成豊臣政権を支えた頭脳・石田三成。関ヶ原で敗れた忠義の吏僚は本当に人望がなかったのか?定説・諸説・戦略の3視点で三成の実像に迫ります。
武将記事

徳川家康 ― 人質から天下人へ、忍耐の75年

徳川家康人質の幼少期から関ヶ原・江戸開府まで、徳川家康の忍耐の75年を定説・諸説・戦略の3視点で解説。三方ヶ原の大敗をどう乗り越え天下を取ったのか。