月山富田城の戦い

武将記事

大内義隆 |「西国一」と称された名門の栄華と、家臣の謀反に倒れた最期

日明貿易と「西の京」山口の繁栄を築き、文武に名を馳せた西国一の大名・大内義隆。月山富田城の大敗を境に翳り、重臣・陶晴賢の謀反(大寧寺の変)に倒れたその生涯を、史実と諸説に分けて読み解きます。
合戦記事

月山富田城の戦い ― 大内と毛利、なぜ同じ城で結果が分かれたのか?第一次・第二次の諸説

月山富田城の戦い(第一次1542〜43、第二次1565〜66)の経緯を一次史料・編纂史料から整理。大内義隆の力攻め失敗と毛利元就の兵糧攻め成功、なぜ同じ城で結果が分かれたか。国人衆寝返り、晴持遭難死、宇山久兼粛清、山中鹿介再興運動など6つの諸説を検証。